
スタッフブログ
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-38〈ジャム作り〉(2021.1.24)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-38
〈ジャム作り〉
久しぶりの恵みの雨。畑には行けないので家でジャム作りをする。
暮れに福島の知り合いから戴いたリンゴが少し皺になり始めてきたのでジャムに加工することにした。中サイズのフジが8個で皮や芯を取った正味は1,2㎏。適当なサイズに切ってグラニュー糖を入れグツグツと煮る。
リンゴの場合、砂糖の割合はいつも 20%にしている。今までいろいろ試した結果この割合がちょうどいい。かれこれ6~7年くらい前だろうか、お手伝いに行った長野の農家さんから大量のリンゴを戴いた。とても食べきれなかったのでジャムを作ることにした。
それが始まりで、ユズ、ブル ーベリー、ルバーブ、イチゴ、梅、キンカン、カキ、といろんなジャムを作るようになっ た。しょっちゅう作っているものだから、冷凍庫を開けたら今日の時点で 46 個あった。
毎朝食べてもとても食べきれる量ではないので、子ども達や孫、友だちなどいろいろな方に食べてもらっている。
リンゴは栽培していなので、花と実が生った時期の姿しか知らない。しかし、受粉作業や、消毒、摘果、袋掛け、除草、マルチングなど美味しいリンゴができるまでにはいろいろな苦労があることは想像できる。
そうやってできたリンゴは、少しぐらいの皺ができたからと言って、ないがしろにはできない。他の命を戴いて生かしてもらっている以上最後まで食べきるのは最低限の礼儀だと思うのだ
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.24 NO152-39 ジャム作り.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-37〈6万年後は?〉(2021.1.22)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-37
〈6万年後は?〉
家から歩いて 5 分ほどの場所に、露頭が見える坂がある。上段と中段を結ぶ大正坂だ。この場所は地層に興味ある人には良く知られているようで、たまにそれらしき人が数人でここにきて何やら調査したり話し合ったりしている。
詳しいことは知らないが、何万年も前ここは川だったところで、証拠の礫が見られ、さらにその上に火山灰が積もって今のような地層になったそうだ。少なくともここに積もっている土は6~7万年前のものということだ。
最近 100年に一度の大雨とか、猛烈台風とかよく聞くが、地球の年齢を1年とすると、100年はたった1秒にも満たない時間だ。6万年は人間の歴史からすると途方もない時間だが、地球の歴史から見たらほんの10分程度の時間に過ぎない。パンゲア大陸からの大陸移動などというとてつもない出来事から比べたら、数万年前の火山灰などそれこそ"チリ"が積もった程度の出来事でしかないのだが、そんな"チリ"の上に人は畑を耕し家を建てひしめき合って暮らしている。
6万年後、この地層の上にはどんな光景が見られるのろうか?富士山が爆発した火山灰で何メートルにもわたって埋め尽くされてしまうのか?砂漠化した大地が不毛の地となってしまうのか?はたまた、氷河期が訪れて万年雪に閉ざされてしまうのか?
その時、"ヒト"はこの地球上に存在しているのか?
昨日上弦の月を見たせいか、感覚が広がりすぎて現実感がない。
6万年前の土を前にして、70年近く生きてき意味を問う。 6万年後に果たしてヒトの痕跡は地層の中に堆積しているのだろうか?
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.22 NO152-38 6万年後は?.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-37〈上弦の月〉(2021.1.21)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-37
〈上弦の月〉
昼過ぎ、畑に行ったら昼の月が出ていた。上弦の月だった。写真を撮ったのは午後 2 時 半ごろでこの頃はまだ弦は斜め下を向いている。青い空に浮かぶ白い月はとても控えめで、静かに静かに息を殺して日が沈むのを待っているかのようだ。暗闇に煌々と光る月も好きだが、こんな風に目立たぬようにひっそりとそこに"いる"昼の月も好きだ。やがて主役が舞台から退くと夜の主役として輝きを増してくる。
今夜は近くに火星のお供を連れての運行だ。写真には撮れなかったが赤く輝く星が肉眼でもはっきりと見えた。6時半に撮った時にはすでに弦は垂直から少し傾きかけていた。ほぼ真上にあったのでカメラを向け続けると首が痛くなる。7時からオンライン会議だったのでしばらく外には出られず!
次に見たのは9時半過ぎ、すでに弦は上を向き始めている。
少し前、2年生の孫が"上弦"などという言葉を発していたので、「この歳で上弦の月を知っているとは!」と驚いたが、どうやら鬼滅の刃に出てくる鬼のグループのことだった。
写真を撮った後風呂に入ったら、なんと西側の窓から月が見えた。水滴がついた窓から見える月は弦も孤もはっきりせず、涙目で見るような月だった。なんだかずっとずっと遠い昔こんなぼやけた月を見たような・・・・。
今、時計の針は 11 時過ぎ、恐らく弦は真横になって沈み始めているかもしれない。寒いのでもう外には出ないけど、お陰で今日一日いろんな時間の月を見ることができた。
♪浴衣の君は・・・・・上限の月だったっけ 久しぶりだね~ 月見るなんて♪ 吉田拓郎
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.21 NO152-37 上弦の月.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-36〈寒中花開く〉(2021.1.20)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-36
〈寒中花開く〉
今日は大寒、1年で最も寒い時期(のはず)。
最低気温はマイナス3℃あたりを示していたが、日が出る時間になると結構暖かい。風も穏やかでソーラークッカーにかけたヤカンの水はすぐに温まる。雨が降らず地面が乾ききっているせいか霜柱も立たず地面の下も穏やかそうだ。
それが原因かどうかは知らないが、真冬のこんな時期なのに草の花が咲いている。
3日前、畑に来たネイチャーゲームの仲間が、"こんな時期にホトケノザが咲いている!"と驚いていたが、毎日畑にいるとホトケノザが咲いていても特に何も思わない。しかし考えてみれば、"なんでこんな時期に咲いてるの?"と疑問に思う方が正しい。
春先に咲くホトケノザがこんな寒中に咲いているわけだから、不思議に思って当たり前だ。
ならば他にも咲いている花はないかと探してみると、"オオイヌノフグリ"や"ヒメオドリコソウ"も咲いているではないか!
恐らく、今日咲いたわけではなく、だいぶ前から咲いていたに違いない。単に気づかなかっただけだ。早春に咲くはずのこれらの花たち、こんな時期に咲いて大丈夫だろうかと心配してしまうが、そこは何度も寒さを経験ししっかりと遺伝子に情報を書き込んだ強者たち、そう簡単に寒さに負けることはないはず。
昨12月、暖かい日が続いた時キヌサヤエンドウが浮かれて花を咲かせてしまった。もちろんそんな時期に咲いたら春まで持つわけがない、案の定正月の寒波で簡単に枯れてしまった。4月にもう一度蒔き直しだ。
そんな軟弱な F1 種に比べ、何年もこの畑で生き続けてきた草たち、生き残る知恵としたたかさを備えている。さて、気候変動で生き残れるのは誰なのか?
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.20 NO152-36 寒中花開く.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-35〈1年生の先生に〉(2021.1.19)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-35
〈1年生の先生に〉
A小学校からの依頼で、出張する担任の代わりに1日だけ1年生の仮担任をすることになった。初めて会う子ども達、まずは最初の"つかみ"が大事と思い"竈門炭治郎"で出迎えることにした。
教室に入ってくる子ども達に"オハヨー!"と挨拶すると、けげんな顔をする子、"炭治郎だ"と嬉しそうな顔をする子、ニコニコ笑っている子といろんなリアクションが返ってくる。だが、どの子も初めて会うおじさん(イヤお爺さん)になんの警戒もなくすぐに寄ってきて、珍しそうに取り囲む。
代わりの先生が来ることは前日担任から聞いていたせいか、なんの躊躇もない。恐らく担任との信頼関係ができているクラスなのだろう、見ず知らずの大人にも絶対的な信用を寄せている。こんな無警戒で大丈夫か?と逆に心配になるほどだ。
仮担任とはいえ"先生"であることには変わりはない。1年生が代わりの先生に気を遣うこともないし忖度もしない。
恐らくいつも通りの光景なのだろう、ケンカもするし罵り合いもある。給食当番中誰かにやり方を注意され"もういい!"とキレて当番を止めてしまう子もいる。牛乳をこぼして、ぼう然と突っ立っている子もいる。
そうかと思えば"せんせい、内緒だよ。僕ね百万円持ってるんだ。減らさなくちゃいけないから今度ハムスターと金魚を買うんだ"と耳元で秘密を打ち明けてくれる子もいる。
「〇〇ちゃんと一緒に遊ぼうとしたら〇〇ちゃんが邪魔してくるの」「せんせい、おでこが痛い!」「トイレに行っていいですか?」・・・。
次々に寄ってたかってきてはピーチクパーチク とさえずる。
"あー、昔もこんなだったな~"と懐かしくなる。
コロナの影響で入学してから当たり前の学校生活を送れてない 1 年生、1 番ショッキングだったのは給食時間だ。
みんな前を向いて黙々と食べている。楽しいはずの給食時間がなんだか魔女にさらわれた子どもの食事のようで痛々しい。
しかし、それまでマスクをしていた子ども達が初めて素顔を見せた時間、口の周りに残るあどけなさは 7 歳の顔そのものだった。
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.19 NO152-35 1年生の先生に.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-34〈魚のいる川〉(2021.1.18)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-34
〈魚のいる川〉
「川に魚がいる」というのは当たり前の話だが、当たり前でない時期がしばらくあった。一度死んだ川は何十年もかかってやっと魚が棲める川になったが、本来の川の姿ではない。
それでも魚がいるということは、エサがある、産卵場所がある、隠れる場所がある ということで、居心地がいい場所になったに違いない。子どもの頃遊び相手だったアブラ ハヤやウグイの類が何百匹と群れているさまは圧巻だ。魚がいれば、カワセミやサギが来 るし、魚が棲めるなら蛇もカエルもカメも棲める。巻貝もいて夏にはホタルも飛び交う。 魚がいる川はそれ以外の生き物も繋がって生きていられる場所となる。
八瀬川(やせがわ)は、左岸に数百メートルにわたって崖がありそこから幾筋もの湧水が流れ出ている。春から夏にかけては田んぼに水を引くための貴重な水源でもある。
用水路がコンクリで固められる前には川から鮒が入ってきて産卵し、田植えが終わった田んぼにはたくさんの小鮒が泳いでいた。鮒以外にもメダカ、ドジョウ、カエル、タニシ、ゲンゴロウ・・・。たくさんの生き物がいて、子どもにとっては格好の遊び場でもあった。そんな生き物であふれていた田んぼは、かつてのようなにぎやかさは消えてしまったが、それでも田んぼがあれば、カエルが来るし、トンボも卵を産む。ミジンコなどの小さな生き物も発生し、小魚のエサとなる。実りの秋にはイナゴやスズメのえさ場となる。
田んぼを含め人の生活が健全であれば、直結している川でも魚が生きていける。降った雨が地面に沁み込み湧水となって川を作り、田んぼや池を潤しやがて海に流れ込む。そしてまた雨となって大地を潤す。
"魚が川にいる"光景はそんな循環の中で成り立つということを忘れないでいたい。
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.18 NO152-34 魚がいる川.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-33〈大きなカブ〉(2021.1.17)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-33
〈大きなカブ〉
"おじいさんがカブをひっぱって、うんとこしょ どっこいしょ それでもカブはぬけません。"
そのあと、おばあさんが来て、孫が来て、犬が来て、猫が来て、最後にネズミが来てやっとおおきなカブが抜けました。というロシアの話はたいがいの1年生の教科書に出てくる。
そこまで大きくはないが今季初めて作った大きなカブは、けっこう存在感がある。2年生の孫が抜こうとしたが本当に抜けなかった。測ってみたら4㌔あった。
薄く切ってコンブと市販の漬物用の酢を入れて一晩おけばあのぬめりのある"千枚漬け"が簡単にできてしまう。京都の千枚漬けには及ばないが、素人にしてはなかなかの味になる。
ダイコンや普通のカブと比べてみるとその大きさが際立つ。4㌔を片手に持ち上げて写真を撮ろうとすると、結構きつい。1㍉にも満たないようなタネから、たった3~4か月でこんなにも大きくなってしまうことにただただ驚嘆!
包丁を入れると水分を含んだはちきれんばかりの真っ白い肌が飛び出し思わず舌なめずりをする。来季も絶対タネを蒔く!
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.17 NO152-33 大きなカブ.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-32〈みーつけた〉(2021.1.15)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-32
〈みーつけた〉
近くの公園にエノキの木があったので根元の葉っぱをひっくり返してみた。この写真を見て何者かが分かった方は恐らく少ないだろうし、1年前は私もその一人だった。
この時期、エノキの落ち葉の裏にはオオムラサキやゴマダラチョウ、アカボシゴマダラの幼虫が潜んでいるのだ。自分で見つけたのは初めてだったので少し嬉しい(ヨシッ、と小さくガッツポーズ)。
2匹見つけたが、どれがどれやら同定できない。家に帰って調べてみたら、左下の方は突起が4つで3番目が大きいのでアカボシゴマダラだ。右上のは突起が3つにも見えるし4つにも見える。3つだったらゴマダラチョウだがどうだろうか。どっちもアカボシだと悲しい。
このアカボシゴマダラは特定外来生物に指定され本来ここにいてはいけないチョウだ。人為的に持ち込まれたものが繁殖しどんどん広がっていき、生態系の攪乱が起きてしまう。"カワイイ" "きれい"だけで無責任に外来種を飼ってはいけない。
子どもの頃、"ソウシチョウ"というきれいな鳥を飼ったことがあるが、その鳥が今野生で繁殖している。インドや中国から持ち込まれた鳥で特定外来生物だ。安易な飼育が固有の生き物に大きな影響を与えてしまうことをどこかできちんと教えないといけないと思う。
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.15 NO152-32 みーつけた.pdf
イノッチファームでシェアリングネイチャー No.152-31〈夕暮れ時〉(2021.1.14)
イノッチファームでシェアリングネイチャー NO152-31
〈夕暮れ時〉
もうすぐ日が沈むという時間帯、公園を散歩した。西日を浴びたメタセコイアとシルエットになったメタセコイアが対になって向かい合っている。見る場所によって陽になったり陰になったり、表と裏は状況次第でいくらでも変わってしまう不思議な光景だ。こうしてみるとメタセコイアはどれも見事な円錐形を成している。葉がついている時にも円錐形であることは分かるが、葉が落ちたこの時期はより鮮明に尖り具合が見えてくる。
1本の木をじっと見ていると、葉緑素を抜き取った時に透けて見える葉脈にそっくりだ。1枚の葉の葉脈と木全体の枝ぶりが相似形であることが面白い。花も実も葉も脱ぎ捨て、全ての飾りをそぎ落としてあるがままの姿で冬空に立つ姿は、一切の無駄をそぎ落とした修行僧のようで見ていてすがすがしい。人間もこうやって毎年リセットしながら生まれ変われたらどんなにいいことだろう。
あちこち写真を撮っているといつの間にか日が沈み、どんどん寒くなる。沈んだ日の向こうは真っ赤に燃えてくる。夕日に炙り出された木の枝が1日の終わりを惜しんで手を振っているようだ。夕暮れ時は何か寂しさを伴うものだが明日も必ず日は昇ることが約束されているので、一時の寂しさは希望に代わる。夕焼けは明日の晴れだけでなく希望をも連れてくると思いたい。
▶PDF版をダウンロードする 2021.1.14 NO152-31 夕暮れ時.pdf
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