けれども、自然はどこにでもあり常に私たちの周りで動いている…というのは、三宮麻由子さん。
目を閉じて耳をすませば、風が奏でる音や、鳥や虫の声がここにいるよ…と伝えてきます。
音の自然案内人
【エッセイスト】
三宮麻由子(さんのみや・まゆこ)さん
「シーンレス」それは、エッセイスト・三宮麻由子さんがつくった「全盲」の人の特徴を表した造語です。4歳で病気のために、視力を失った三宮さんにとって、〝風景〟は見ることはできないもの、まさに「シーンレスの世界」のはずでした。ところがある朝、鳥たちが鳴きだすのを山でじっと待っていた三宮さんに、野鳥が自然の景色を見せてくれたのです。
それは、長く垂れた尾羽が特徴のサンコウチョウ。朝のさまざまな鳥のさえずりのなか「ギッ、フィー、ホイホイホイ」と交わされる特徴的な鳴き声に包まれて、三宮さんは
(集英社文庫『鳥が教えてくれた空』より)
ことを、三次元で動く自然を音で感じながら実感したといいます。
多くの命が躍動する夜明けの時間。時の移ろいを目で見られる私たちは、その流れをしっかりと聴き味わっているだろうか。身体的能力は備わっているのに、我ながらもったいない…と思います。
視力を失ってまもなくはじめたピアノのレッスンで得た絶対音感と音を楽しむ習慣で、「音が大好き」という三宮さん。以前からスズメの声を聞いて刻々と変わる夜明けの時間を知り、さえずる鳥の種類や鳴き声の変化で季節を感じたりしていたといいます。でも…「前は何の鳥がどこにいるか、どの樹種の森に何の鳥がどのぐらいいるか。ピンポイントの要素で、オーケストラのなかからピアノの和音を聞き取るように、鳥の声ばかりを聞き分けていたんです」
それが三次元の世界、〝風景〟へと明らかに変化したのは、自然観察指導員の講座に参加をしてから。そのときのことを著書『鳥が教えてくれた空』のなかで、三宮さんはこう記しています。
その体験は鳥の声の聴こえ方にも変化を与えたのです。
知識を得てはじめて、音が風景となって見えてきたのだそうです。景色どおりに棲み分け、歌い分ける鳥たちの声が立体的に聞こえ始め、鳥の声が耳で聞く景色になったのだと。ただし、これができるためには三宮さんが持つもう一つの技術、〝音源定位〟が必要です。三宮さんは、周りの音で自分のいる場所の高さや頭上の木の種類、壁との距離などが分かるのです。
それは、視力がよくても自然を〝見る目〟があるかどうかは別問題…なのと同じです。
〝評論〟をすると風景は聴こえてこない
と、三宮さん。
評論は知識さえあれば、ある意味誰にでもできます。けれど大切なのは「どこまで感じられるか」ということ。つまり〝感性のアンテナ〟を伸ばし、ありのままの自然を感じられるかどうかです。
といいます。
そして、この〝しっかり受信できるアンテナ〟さえあれば、大自然のなかにわざわざ出かけていかなくても、いつでも自然を感じることができるのだと。
小鳥もいない、虫の音も聞こえない、高層マンションの上層階…。そこでも三宮さんの耳には、豊かな自然の音が聞こえているのです。
自然はどこにでもある。ただ、鳥の声が聴きたいときに鳥がいなかったり、街に波音が聞こえなかったり、欲しいときに欲しい自然がないだけのこと。そう三宮さんは思うそうです。
文明社会のなかでは、ややもすると自然からもらうことばかりを考えがちのような気がします。けれど〝シェア〟とは、持ち分をもらうことだけではありません。
無駄にボーとしている自然なんてない…と、三宮さんは常に感じているとそうです。自然はいつでも三次元で、自分がいる場所に関わらず、上でも下でも何かが動き、息づいているのだと。
そう思って聴いていると、町のあちこちから聞こえる〝人工音〟も、人間という生きものが暮らす音に聞こえ「町はひとつの生命体だ!」と思うといいます。そして、〝すべてのものが生かされている〟と。
三宮さんが、講演でよく話すことに「一人一人が宝物」という話があります。
私は、視力を失うというハンディキャップを持ちました。でもそのお陰で、今このような話ができます。つまり、
この〝宝物感〟は、三宮さんが自然からもらった哲学。これを教えてくれたのが、鳥であり、自然なのだといいます。
三宮さんは、現在会社勤務の一方、エッセイや絵本を執筆し、各地での講演活動も精力的に行っています。その講演で、お話とともに機会があるごとに披露するのが、ピアノの演奏です。そして、よく弾く曲のひとつが、リストの『ラ・カンパネラ』。
「この曲には、自然が伝える〝宝物感〟と同じものを感じる」という三宮さん。彼女の奏でる『ラ・カンパネラ』をぜひ一度聴いてみたいと思います。
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.6 特集(デザイン・DTP:花平和子 文:伊東久枝 イラスト:井上みさお(P.3?5、8?9)、初澤久美(P.10、11)表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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