日本で彼らの伝統儀式を用いて教育活動を行う松木正さんはそのなかでも、彼らがいちばん大切に育ててきた心のあり方〝自己肯定感を育むこと〟を伝えたいと話します。
継承者
【環境教育指導者】
松木 正(まつき・ただし)さん
環境教育を学ぶために渡ったアメリカで、先住民族の自然観・生き方・伝統を学ぶ。帰国後は、学校・企業等で人間関係トレーニングなどを行っている。
京都市伏見生まれ。下町風情のある、松木さんいわく〝やんちゃな地域〟で育ったため、近所のおじちゃんやおばちゃんなど、多くの人から「無条件に愛されていた感じ」があった一方、「男たるものは」という空気感に色濃く包まれていたように思うといいます。男は泣いたらあかん、弱音を吐いたらあかん、肉体的にへしゃげてたらあかん…。
そんな、意識もしていなかった束縛から松木さんを解放したのが、ラコタの伝統儀式『スウェットロッジ』でした。
蒸し風呂状態の小さなテントのなかで仲間といっしょに祈りや想いを語る『スウェットロッジ』。〝再生の儀式〟とされる、ラコタ族の聖なる儀式のひとつです。そこから出て、へとへとになって地べたに倒れ、それでもなお起き上がろうとする松木さんに、長老が言葉を掛けます。
「この大地に生きるものにとっていちばん大事なものは〝信頼(faith)〟だよ。信頼のないところには、何も起こらない。そして〝信頼(faith)〟は、〝受け入れること(accept)〟からはじまるんだ」
あるがままの自分を受け入れる。そこからはじめて自分に対する信頼がはじまる…ということ。
それは他者に対しても、同じです。
そしてその〝共感〟のうえにしか〝信頼〟はうまれないのだと、いうのです。
ラコタ族の兄弟ベンジー(左)と。
先住民族居留地ツアーの参加者と。
下のイラスト『生命の木(Tree of Life)』は、ラコタの人たちが〝人の姿〟を表す図だといいます。
これに対し、〝枝葉〟はしていること doing の肯定感を表現しています。サッカーの名プレーヤーである、勉強ができる、お利口さんにしている…。これを推進する力は、どちらかというと父性に近く、枝葉は外に向かって伸びていき、そこに適応しようとします
人間の成長には、この2つの要素が必要だとは、松木さん。ところが、カウンセリングの仕事をするなかで感じているのは、「人がもつ問題の根のほとんどが、自己肯定感が育まれていないことに端を発しているように思う」のだと。
もちろん doing による自信(有能感)がないと物事は達成できないので、doing も大切です。ただ、問題なのはbeingが得られないから doing で自信をつけている人です。これらの人たちは、常に『うまくできないと人は認めてくれない。見捨てられる』という不安を抱いています
そのため他人から評価を得ているときは問題ないが、いったん「できない」という評価がつき風当たりが強くなると、どうしたらいいかわからなくなったり、無気力になって、心が折れてしまうことがあると、松木さんは心配します。
小さい子は不安になると母親のところに行って甘え、不安が解消するとまた離れて遊びはじめます。バーストラウマによる〝恐れ〟のエネルギーが大きいため甘えが必要であり、甘えて〝受け止められる〟ことによって、自己肯定感beingが育まれていくのだそうです。バーストラウマが癒えていくプロセスこそが、自己肯定感が育まれていく過程なのだと。
ところが、自己肯定感が充分育たないうちに妹や弟ができるなどして、『お姉ちゃんだから』などと突き放されると、子どもは being が得られないかわりに doing で認めてもらおうとして、いい子・できる子を演じます。
そして『善の仮面』をかぶっているときの自分を見せようとし、時には〝善なるもの〟が〝悪〟を攻撃するのだと。
プログラムでラコタの自然観を語る。
ラコタ族から贈られた手作りのキルト。
「主体的」とは、自分に主体があるという意味で、このことは自分にとって興味がある、心地いい、やりたい!という、自分のあるがまま〟といっしょにいる在り方(being)です。これに対し「客体的」とは、ありたい自分ではなく、〝見られたい自分〟でいる在り方です。「消極的でも主体的な人はいます」と、松木さん。
そして、〝doing によって自分への信頼感を得てきた人〟が心に問題を持ったとき、誰かが共にいて、共に感じながら話を聴いてくれたなら、解決することは多いと松木さんはいいます。
ただし、このとき注意をしなければいけないのは、同感と共感の違いです。
聴き手は〝同感〟ではなく、その人の話の風景のなかに入っていき、〝共感〟をする。共感したことを、自分のものとして受け取る(同感する)かどうかは、そのあとの問題。聴き手の問題です
自分自身のシェアリングのあり方をもう一度考える、シェアリングの本質に向き合えた取材でした。
ラコタ族の聖地『BEAR BUTTE』
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.05 特集(デザイン:花平和子 文:伊東久枝 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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