海図もコンパスなどの近代計器もいっさい使わず
星や太陽、風や波などの自然を読み大海原を自由に行き来していた
ハワイの、ポリネシアの、伝統航海術。
復元された双胴型伝統航海カヌー『ホクレア号』が
その技法で、世界一周を成し遂げました。
【「海の学校」主宰】
内野加奈子(うちの・かなこ)さん
ハワイ大学(海洋学)留学中、ハワイの伝統航海カヌー『ホクレア号』の活動に関わり、2007年の日本航海に日本人初のクルーとして参加。現、NPO法人「土佐山アカデミー」理事、海の学校主宰。
ニュージーランド、オーストラリア、南アフリカ、ブラジル、ニューヨーク、パナマ、イースター島…そしてハワイへ。
2017年6月17日オアフ島。海岸には、世界一周の大航海を達成して帰航する一艘の遠洋航海カヌーを出迎える大勢の人の姿がありました。カヌーの名は『ホクレア号』。ハワイの言葉で〝幸せの星〟を意味するその船は、海図もコンパスなどの近代計器もいっさい使わず、星や波などの自然を読んで航海を続けた、ポリネシアに伝わる伝統航海術で、世界一周を成し遂げたのです。
そう話すのは2007年、ホクレア号が日本に就航したときのクルー、内野加奈子さん。ハワイで『星の航海士』と呼ばれる伝統航海術を学んだひとりです。
でもいったい何人の人が、今から40年前、『ホクレア号』を復元したそのとき、この海岸の光景を想像したでしょうか。
ハワイに人類が渡ってきたのは、約1300年前。以後ハワイでは独自の文化が築かれてきました。しかし、1770年代後半に押し寄せた西洋文明の波とそれに続くアメリカ合衆国併合により、ハワイの伝統文化は表舞台から姿を消します。ハワイ語は教育の場から排除され、フラを踊ることも伝統的な儀式も禁じられ…。そのようななかハワイの先住民族の人たちは、民族への、自分自身への誇りを失っていきました。
現在、『星の航海士』の第一人者といわれ、内野さんがクルーを務めたホクレア号日本航海のナビゲーターを務めたナイノア・トンプソン氏は、その著書『ホクレア号が行く』(ブロンズ新社)で次のように語っています。
と。こうしてハワイでは伝統文化の継承は途絶え、いつしか先住民族は「偶然島に漂着した…」とされていました。
ハワイとニュージーランド、イースター島を結ぶ、太平洋上の三角形。ポリネシアントライアングルと呼ばれる約25万平方キロメートルにもおよぶ海域を、すでに1500年も前に遠洋航海用のカヌーを建造し、海図もコンパスもなしに自由に行き来していた人びとがいました。それが「漂着の民」とされることは、先祖の知恵や、文化、誇りが、消滅させられようとしていることに他なりません。
このことに危機感を感じ、伝統遠洋航海カヌーを復元し、当時から伝わる伝統航海術で祖先が渡ってきたタヒチへ航海をしようという試みがはじまります。それは、当初、ハワイ先住民族のためのものでした。
多難を極めたこの試みは、1976年ミクロネシアの小さな島で継承されていた伝統航海術継承者、マウ・ピアイグル氏の協力により成功を収めます。そして、ホクレア号完成から5年がたった1980年、前出のハワイ生まれの『星の航海士』ナイノア・トンプソンがハワイ?タヒチ間の航海を率い、ハワイで数百年の間途切れていた伝統航海術が再び受け継がれ、真の復元となりました。
とは内野さん。星を知ることで、時間を読むこともできるのです。
そして、星と星を結ぶラインを手がかりに星の位置を覚えることで、今いる自分の位置が分かると言います。
星の他、太陽や月の位置、そして波や風が来る方向、海鳥の種類や飛んでくる方角など、あらゆる自然を読んで航海を行う。それが古代からポリネシアに伝わる、伝統航海術なのです。
その役割に一区切りがついた2007年、ポリネシア文化圏を抜けだし、ハワイと深いつながりのある日本への航海を行います。今や、ハワイの人口の2割をしめ、経済的にも文化としてもハワイに根付いている日系人の故郷。
日本航海では、沖縄、長崎、広島、愛媛、横浜…などに寄港し、各地で日本の海洋伝統文化が披露され、それは寄港地の伝統文化の見直しにもつながりました。
そして、この航海を内野さんは「ホクレア号にとっても挑戦だった」といいます。古代の人びとが行き来をしていた海域から外に出た、大きな一歩だったのだと…。
「民族の誇りと文化を取り戻す」という目的から生まれた『ホクレア号』は、「未来の子どもたちに我われは何を残すのか」という問いかけをする存在として、ポリネシア文化圏から踏み出しました。そしてそれは、2014年からはじまった世界一周の旅へとつながるきっかけともなります。
これは日本航海のときに掲げた目的に、重なっていきます。そして、友人の投げかけへの答えにもなる言葉が、ナイノア氏の著書にあります。
さらに、幼い頃に海の魅力を教えてくれたヨシという日系人が魂に刻んでくれたものを、「人生という航海の中で、何を信じ、何を選び、どう舵を取っていくかということだった」と語ります。
内野さんは、ホクレア号の日本航海10周年の今年、1冊の絵本『星と海と旅するカヌー』を出しました。そのなかに、こんなことを書いています。
そして…
と。
現在、高知県土佐山をベースに、全国の子どもたちに海を入り口として、自然のしくみや人と自然の関わりについて学ぶ場づくりを行っている内野さん。
といいます。内野さんもまた、ホクレア号を降りた今も『地球』というカヌーのクルーとして、未来への舵を握っているように思います。
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「わたしの星座さがし」
自分だけの星座を見つけ、仲間とシェアすることで星空への親しみを高めます。
テレビや雑誌などで衛星から撮られた写真を見て「地球」や「宇宙」を感じる機会は多いかもしれません。でも、たまには天体の動きを読んでカヌーを進めたホクレア号のクルーさながら、リアルな星空をじっくり眺めてみてはいかがでしょうか。
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※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.18 特集(デザイン:花平和子 編集:佐々木香織、水信亜衣、伊東久枝 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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