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ライフスタイル
「地の酒」を味わう...自然の延長にある酒造り(SNL2016年6月発行)
米処・新潟、信濃川と渋海川(しぶみがわ)に育まれた越後平野の南西部その地で190年程前から造り続けられる〝地酒〟。
自然の延長線上でつくられる――
そういわれる日本の酒造りのなかに脈々と流れる
〝造り手の自然感〟に触れてみたくて仕込みが終盤を迎えた春、長岡市越路を訪ねました。
遷(うつ)ろう自然の中で
地酒の守り手
【酒造メーカー取締役】
平澤 聡(ひらさわ・あきら)さん
朝日酒造株式会社取締役。公益財団法人『こしじ水と緑の会』理事。朝日酒造の環境活動に一貫して関わるかたわら、自然保護や環境教育のボランティアリーダーとして活動する。
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どんなに酒造りの技術が優れていても、原料のもつ味を超えることはできないんです。まさに自然には勝てない。そういうことですね

蒸された米やお酒の香りがほのかに漂う酒蔵のなかをめぐりながら、そう話すのは朝日酒造株式会社の平澤聡さん。



結局、酒造りは米と水の質がすべて。研究を重ね、すぐれた麹菌や管理データをつくりあげても、米と水がよくなければいいお酒は決してつくれません

仕込みが続く酒蔵。目の前に並ぶタンクの中では、酒造りに欠かせない小さな生物〝酵母〟が泡を吹くようにぼこぼこと勢いよく盛り上がって見えます。



泡のように見えますが、泡ではなく、あれが酵母なんです。酒造りはまず米に麹菌をつけ、米のでんぷんを麹の力で〝糖〟に変えます。そこに水と酵母を加えると、酵母が〝糖〟を食べ、アルコールと炭酸ガスをつくるんです。つまり、今まさに酵母が酒をつくっているんですよ

同じ醸造酒でもワインは、ブドウを絞り果汁のなかの糖分を発酵させるという、行程的にはシンプルなお酒です。味は果汁の質と管理で決まります。それに対し日本酒は、麹による〝糖〟の生成と酵母による〝アルコール発酵〟が同時進行するという、少し複雑な行程を踏みます。それはある意味、人が働きかける余地が大きなお酒だともいえます。ところが平澤さんは、「すべては米と水」。そう言い切るのです



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環境保全活動は経営上のリスク管理

朝日酒造の前身である『久保田屋』が越路で酒造りをはじめたのは天保元年。まもなく190年が経ちます。



その間、30年前に立ち上げたブランド『久保田』が日本中に名を馳せた後も、仕込みに使う水はすべて、〝社屋脇の井戸〟から汲まれる水。そして『久保田』を支えるもう一つの原料〝米〟は、地元長岡を中心に、新潟県内産のものだけをつかっています。



久保田は越路の、新潟の〝地酒〟なんです。ここの風土から生まれる酒なんですよ(平澤さん)

じつは朝日酒造は、『久保田』ブランドを立ち上げたのと時を同じくして、社をあげて環境保全活動に取り組んでいます。まだCSR(企業の社会貢献)という言葉も一般的ではなかった時代、地域住民を巻き込んだ『ホタル生息地』の保全活動を開始。そして朝日酒造の生命線とも言える井戸の水源にあたる地域の森林保全活動などを始め、さらに2001年には財団法人『こしじ水と緑の会』を発足し、新潟県内で自然保護活動を行っているNPOなどに活動資金の提供をはじめました。



環境保全活動は、我が社の経営上欠かせない〝リスク管理〟なんです。異常気象で米がとれなくなるかもしれない、地下水が枯れるかも、水質汚染で使えなくなるかも、お米自体が薬害汚染を受けるかもしれない...。そうなれば酒造メーカーは存続できません。環境を守ることは、会社の経営基盤を固める、欠くことができない事業なんです

そう語る平澤さんの姿には、新潟の自然を愛し、守る、揺るぎない覚悟のようなものを感じます。中学時代は植物採集クラブに入り、大学卒業後も自然観察指導員として地域の自然に関わってきた〝生粋の自然好き〟だからこそ響く言葉なのかもしれません。



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杉は酒造りの御神木

衛生管理がされた近代的な酒蔵を案内されるなかで、はっと懐かしい香りと質感に出会った場所があります。『製麹室(せいきくしつ)』という、蒸した米に種麹(たねこうじ)(麹菌)をつけるその部屋は、扉も壁もそのほとんどが昔ながらのスギ板張り。扉を開けた瞬間に、清涼感があふれるスギの香りと米麹の匂いが、身体のなかにも充填されるような気がしました。



スギは木材のなかでもとくに調湿作用が高く、有害化学物質などを吸着する、空気の清浄作用も認められています。



蒸された米の湿気を吸って、部屋が徐々に乾燥してくれば少しずつ吐き出していく。それが日本酒の味を左右する要でもある『吟醸麹(ぎんじょうこうじ)』と呼ばれる独特な米麹をつくるのにも適しているんです

と平澤さん。



酒造りには、酒蔵の建材以外にも樽や道具など、昔は多くのスギが使われていました。現在は酒粕に木くずが混ざるのを避け、ほとんどの道具はステンレスやチタン製に代わっています。それでも、スギは今も酒造りの神木といわれ、多くの造り酒屋で祭られているそうです。そして近代的な社屋になった朝日酒造でも、毎年新酒ができると、昔ながらの『杉玉』を軒先に掲げ、今年のお酒のできあがりを近隣の人びとに知らせる風習が受け継がれています。



そうして知らされる酒の味は、新潟で造られる多くの清酒と同じく〝淡麗辛口〟。じつは、新潟の清酒の特徴ともいわれるこの〝淡麗辛口〟は、この地で栽培される酒米(さかまい)『五百万石』の持ち味です。西日本の酒蔵で多く使われる『山田錦』は新潟の気候には合わず、最近では掛け合わせ米を使っているものもありますが、基本は『五百万石』の持ち味を生かした酒造りが行われています。



良い酒をつくる魔法はないんです。要は原料の品質です。それをつくってくれるのは、越路の自然、新潟の自然です。良い酒造りというは、その自然風土にどう寄り添っていくのか...という作業だと思うんですよ

バックボーンはつねに越路、新潟の自然だという平澤さん。社員田を所有し、社員が毎年米を育てているのも、ホタルや森の保全活動も、地域の自然を知るための手段。活動を通して、春・夏・秋・冬の自然の息遣いを感じ、〝今自分がどこにいるのか〟を自覚することが大切なのだと話します。そうして自然を見て、感じて、はじめて自然に寄り添う酒造りができるのだと...。



できた米をただ買うのでは、本当の酒造りは分からないと思います

今自分のいる場所をしっかりと自覚し、そのなかで酒を造り、家庭をつくり、子育てをして生きていく...平澤さんが目指すそれは、まさにシェアリングネイチャーの精神です。



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物としての酒ではない、「酒」
酒造りは、すべての感覚をフル回転して取り組まなければならない仕事です。舌も使えば、肌感覚も大切です。温度を感じ、匂いを感じ、いつもとどう違うのかを見極める。五感を研ぎ澄ませ、目の前の麹や酵母などがどういう状況にあるのかを確かめていくのが酒造りなんです

機械化された工場(蔵)を見て、オートメーションでつくっていると誤解されることもあるそうですが「いくら近代化しても、〝麹の手入れ〟や、発酵途中の水と米を混ぜ合わせる〝櫂入(かいい)れ〟など、要所は人が抑えている」と話す平澤さん。



そして、少量生産のものは、昔ながらに〝人の手〟で造るようにしているともいいます。



酒造りに必要な行程、その理由を、現場を預かる社員に身を持って理解してもらうためです。それは〝技術の継承〟として不可欠ですが、技能士(職人)としての〝感性〟を育てる大切な場であるともいえます

二つある蔵それぞれに、杜氏(とうじ)を置く朝日酒造。その杜氏(とうじ)は、決して研究者などではなく、越路周辺で育った生粋の〝現場の叩き上げ〟社員です。



そうして行われる〝酒造り〟のおもしろさを、平澤さんは「思い通りにはならないところ」だといいます。



研究を重ね、最新の技術を駆使してデータ管理を行い、確信をもって造っても、一寸違わぬということはない。「それが自然相手の仕事」だから。



本来は、田植えをして、田んぼの草取りをしながらいろいろな生きものを見て、収穫をして、その米で酒を造る。そして、過ごした1年間のことを思い出しながら酒を飲む。その酒の味は、格別だと思いますよ

それこそが、まさに「地酒」。そう思うとき「日本酒を単なる〝物〟として飲んでしまうのはもったい」と思うのだと。



そういう思いが高じたのか、16年前より朝日酒造では『あさひ日本酒塾』という講座を開催し、平澤さんはその塾長を務めています。10月から翌年3月までに日帰りの講座が4回。そして、麹の話や麹作りなどの勉強を終えた卒塾生は、希望すると『勝河内(かつほこうち)』の棚田での米作り(田植え、草取り、ホタル鑑賞、稲刈りなど月1回程度の作業)に参加ができます。そうしてできたお米で造ったお酒は『勝保(かつほ)』という銘柄で限定販売され、参加者の手元にも1本ずつ届けられます。



定点で自然を見続けることはとても大切です。そこで自然がどのように移ろって行くのか、自分は何ができるのか。それらを米作りを通して感じ、地域の自然といっしょに歩いていきたいと思うんです

平澤さんの話を聞いているうちに、無性に、四季を感じて造った〝物〟ではない本来の地酒を、味わってみたくなりました。

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情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.13 特集(デザイン:花平和子 編集:伊東久枝、佐々木香織、水信亜衣 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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