その庭を手がけて12年になるという
武藤重信(むとうしげのぶ)さんは〝見えないものを見て美しいと感じる心〟こそが日本人独特の感性なのだと話します。
長年、多くの人の手で守り継がれた寺の庭と
向かい合うなかで感じた〝自然観〟を、
春の祇王寺を訪ねてお聞きしました。
【庭師】
武藤 重信(むとう・しげのぶ)さん
十数年前、「広隆寺」の弥勒菩薩半跏思惟像に心動かされ、同寺の人と『無』についての談義を数か月にわたり重ねる。その日々のなか「祇王寺 」と 出逢い、京に居を構え、現在に至る。
それは長年、祇王寺を訪れるさまざまな国の人びとと話をして、武藤さんが感じたことです。
『平家物語』の悲恋の尼寺として知られる祇王寺は、竹林に抱かれるように建つ庵(いおり)と、楓(かえで)と苔の美しい庭をもつ、大覚寺の塔頭(たっちゅう)のひとつ。瀬戸内寂聴が仏門に入るきっかけとなった尼僧、故・高岡智照(ちしょう)が庵守(あんじゅ)を務めた寺としても知られます。
その祇王寺を訪ねた日は、まさに新緑の季節。雨上がりの静かな風が木々の緑をより鮮やかに引き立て、寺の路地に足を踏み入れると、その空気感に自然と呼吸が深くなりました。
そんな私の様子を知っていたのか、まだ庭の全容を見ないうちに武藤さんから「どうでしたか?」の質問。いきなりのことに口ごもる私に「最初に感じたそれがすべてです」と笑います。
庭には造り手の〝作為を見せる庭〟と〝作為を見せない庭〟があると、武藤さんは話します。
造り手の作為を全面に出した庭は、造られたそのとき、見たときのものが最高のもので、それ以下でもそれ以上でもない。しかし「作為を見せないように造られた庭は、見れば見るほど、居れば居るほど多くのことを語り、無限の広がりを見せます」と。
新緑の祇王寺の庭には艶やかな色はありません。唯一、庭から少し離れた入り口近くに、季節の花、牡丹の鉢植えが置かれています。
という武藤さん。
〝想像する美〟--その最たるものに、日本の庭を語るのに欠くことができない「石庭」があります。そして数ある京の石庭のなかでも有名なのが左京区にある『龍安寺(りょうあんじ)』です。遠近法を用いて限られた場所をより大きく見せる工夫を凝らした枯山水のその庭は、海外からも高い評価を得、龍安寺の世界遺産指定にも大きな影響を与えました。
ところが訪ねてみると、意外にも龍安寺の敷地は広く、石庭の外側には大きな池を配する庭園があります。なぜ、この広大な敷地に、古人はあえて狭く仕切った石庭を、遠近法まで用いて造ったのでしょうか。
この龍安寺の石庭について武藤さんは、「もしあの庭に一筋の水を流したなら、庭はものすごく狭く感じられると思いますよ。水がないからあの庭は広く見えるんです」と話します。
〝想像させる〟ことにより、見る人により広い世界を見させるのだと。
広大な庭にあえて狭い石庭を造ることにより、広大な庭よりもより大きな「無限」を見せようとしたのでしょうか...。その問いに、武藤さんはただ静かに笑うだけでした。
昔の人は、その踏み込んでは行かれない大自然の空気を、庭に〝無限の空気感〟をつくり、写しとろうとしたのか。そんなことを考えながら祇王寺の庭を見ると、狭いはずの庭が、深く広く見えます。
祇王寺の庭を歩くと、苔の上に椿の花がひとつ、ふたつと落ちています。楓の枝からは蜘蛛の巣にひっかかって揺れる枯れ葉が風で回っています。自然そのままのような庭。けれどこの景色を保つには多くの「手」が掛けられているはずです。
草も、枯れ葉もしかり。しかしそこに庭師の作為が見えすぎてしまってはダメだというのが、武藤さん流です。
「受容」の世界こそがおもしろい。想像もしない出来事に触れる喜び。そこに自らを表現する喜び。「受容」には二つの喜びがあるのだといいます。
そして、その喜びは、四季のある日本ではさらに強く感じられます。色に立体感がでる紅葉の季節。緑の変化を愛でる春。楓の葉が雨を受け、重みで樹形が少し丸みを帯びる雨の日...。
と、庭を見ながらぽそっという武藤さん。
日々の暮らしに追われるなかでも、私たちは身近な自然に見えない風をちゃんと感じているでしょうか。そして自然に寄り添えているでしょうか。
桜が終わった嵯峨嵐山は、萌黄に新芽の赤が映える、まさに一瞬の「山笑う」季節でした。そして原稿を書いている今、東京は日に日に緑が濃くなる青葉の季節です。
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.1 特集(デザイン:花平和子 編集:伊東久枝、佐々木香織 表紙イラスト:矢原由布子 イラスト:井上みさお)をウェブ用に再構成しました。
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