住宅地と畑や雑木林が交差する、
のどかさの残る地域。
その一角に、井上満さんがネイチャーゲームリーダーたちに農業にまつわる講義と農作業の指導を行う
「イノッチファーム」があります。
そのみごとな収穫に惹かれ、畑の作業を
見に行きました。
丸まると太った大根や、芋類を掘り起こして畑を回ったあと、井上さんの口から何気なく出る言葉。それらは普段忘れてしまっているけれど、大切な話です。
生物が生きていくために不可欠な、炭水化物(糖類)やタンパク質などの有機物。体内でエネルギーに変換されるこれらの有機物をつくれるのは、じつは植物だけです。植物が光合成で水と二酸化炭素からつくる有機物を得るために、草食動物は草を食み、肉食動物は植物を食べた草食動物を食べる。雑食動物の人間も同じように野菜をはじめとする植物や肉や魚を食べ、炭水化物やタンパク質を得ている...。そんな昔学校で勉強したことが、イノッチファームで育つ瑞々しい野菜や、それらに集まる生きものの姿・痕跡を見ながら聞くと、心の芯にぐっと響いてきます。
イノッチファームの参加者たちも「畑仕事だけでも楽しいけど、井上さんの講義があるからより充実した時間になっているんだと思う」と口ぐちに...。
作業の合間にも昼食の時間にも、参加者自身が見つけた新聞記事や本を見せ、遺伝子組み換え作物や食品添加物など、さまざまな話題が交わされています。
「そう言いつつ市販のお菓子は食べますけどね。でも10回が8回になったかなぁ(笑)」「すべての食べものをオーガニックにはできないなぁ、高いしね」など、深刻な話題を話しつつも、表情はみんな明るく、それぞれのペースで新たな情報を受け入れているようです。
井上さんも
といいます。
食のことを〝自然〟という観点で見られるようになれば、きっと変わると。
井上さんが企画した「農作業でシェアリングネイチャー」のプログラムは1年間。ひとり1区画6~7坪程の畑を借り、そこに思い思いの野菜を育て、月に1回集まって講義と農作業を行うというもの。もちろん農作物の世話は月に1回では間に合わないので、参加者はそれぞれの都合に合わせて畑に通い、草取りや収穫を行って来ました。
いちばん大変だったのは夏場の草取り。1週間ぶりに畑に来たら、作物がどれかわからないほど草が繁っていたことがありました。そうして一生懸命育てていたら、作物の芽を抜いて雑草を育てていたという失敗談も。また、日照り続きのあとに雨が降ったとき「親子で『ばんざ~い!』と声を上げた」ことも。今では参加者それぞれの楽しい思い出です。
LECTURE1 タネの話
みなさんが食べている野菜のタネ、どこで採れたものか知っていますか?
市販されているタネの袋を見ると採取地が書いてあります。その多くが外国産!
なぜ国産のタネが少ないのか?それは現在、多くの農家が種苗メーカーが開発した〝収穫量が多く品質が均一〟になるように交配されたタネ(F1種)を買って作物を育てているからです。じつはこのF1種、タネをとって撒いても、親と同じような作物ができなかったり、発芽しないものが多く、毎回タネを買わないと農業ができなくなっています。なかには、決められた農薬を使わないとよく育たないものもあります。この状況が進んだ将来、もしメーカーがタネを売らなくなったら、日本の農業はどうなるのか...。これを危惧した人たちが在来種の「自家採種」を呼びかけています 。
イノッチファームの作物はすべて無農薬。化学肥料もほとんど使わずに作物を育てました。
とは、井上さん。
そう考えるとき、他の生きものすべて殺して作物をつくるという農業が、井上さんにはできないのです。
〝命のバトンタッチ〟というと、子孫を残す遺伝子のバトンを考えがちです。でも「排泄物などで行うバトンタッチもある」と、井上さんは考えます。
生きるということは、他の命を「いただいて」エネルギーとして利用したあと、排泄して自然に戻す。誰かの排泄物は誰かの食事で、死ねば身体そのものも誰かの食事に、命になっていくのだと。
自然とは命であり、命を育む環境なのだという井上さん。「農作業」と「シェアリングネイチャー」というと、つながりがわからないと思う人もいるかもしれませんが、「食」を「命」に置き換えて考えてもらえば、その意味がよくわかると思うといいます。
LECTURE2 農薬の話
最近の農薬は、人体に影響が出るようなものは少なくなっています。でも畑に撒けば、虫も微生物も死ぬ。農薬を使う農業は、いってみれば「無菌状態の土壌(生きもののいない畑)をつくって、そこに化学肥料を入れて作物をつくる」工業製品のようなもの。一方、無農薬作物は野菜自ら外敵と戦い自然のリズムで大きくなるので、小さくても味は濃く、野菜本来の味がします。
ただし、現状では農薬を全否定すると、農産物の収穫量が減って人口分の食料確保ができなくなるという現実もあります。
まずは〝旬の食べもの〟を食べましょう。旬の時期はその植物がいちばんよく育つとき。余計な栄養や農薬がいらないのです。
ひとりの人間が一生のうちに食べる量は、約50トン。その食べものが身体をつくっていることを意識して、もっと〝食べる〟ということに関心をもって欲しい。それが井上さんの願いです。
本来生きものは「食の確保が一番にある」と、井上さん。他の生きものはほとんどの時間を、食べものを得ることに費やしているのだと。そして人間の歴史も同じように、長い間飢えとの戦いを続け、日本で『飽食の時代』などといわれ、食を粗末に扱うようになったのは最近のことなのです。
イノッチファームの1年間の体験を通し「今までと違うルートで自然を感じている」という参加者たち。新たに、家庭菜園を借りて自分の力で野菜作りを継続しようという人も多く、井上さんの思いは、確実につながっているように見えました。
LECTURE3 畑の生態系
野菜くずや抜いた雑草を積んでおくと、いつの間にか分解されています。これは微生物やミミズ、ダンゴムシ、ダニ、アリなど、「分解者」といわれる土壌生物が動物の死骸やフンなどとともに土に戻しているからです。こうして再生された養分を野菜が栄養として吸収し、その野菜を虫や小動物が食べ、それらを鳥より大きな動物が食べ...と食物連鎖が生まれます。
アオムシ、クモ、カタツムリ、アブラムシ、テントウムシ、ハチ、チョウ、アブ、アリ、ナメクジ、バッタ、コオロギ、カラス、スズメ、モズ、ハト、キジ、ハクビシン、ネズミ...。狭い畑にも驚くほどの生きものがやってきて、そこで日夜繰り広げられる命のやりとり。それを実感するのも農作業の醍醐味です。そしてその〝環〟には野菜を食べる自分自身も入っています。
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.12 特集(デザイン:花平和子 編集:伊東久枝、佐々木香織、水信亜衣 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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