それゆえに、繰り返し見続けたとき感じることは、想像以上に多いように思えます。
北の大地に根を下ろした1本の木の四季を撮った写真絵本『はるにれ』に惹かれ日本の森林をテーマに写真を撮り続ける写真家・姉崎一馬さんにお話を伺いました。
姉崎 一馬(あねさき・かずま)さん
東京農業大学農学部卒。多くの人に環境保全を呼びかけることを真の目的に、雑木林から原生林まで日本全国の森林をフィールドに写真を撮る。現在、山形県朝日連峰山麓の自宅で「わらだやしき自然教室」も行っている。
ハルニレ。北海道十勝地方
北海道十勝平野の牧草地に1本だけ立つハルニレの大木。その木を、四季を通して撮影した写真絵本『はるにれ』(福音館書店刊)は、ひと言の文字もなく、ただ夕映えに佇む木、雪原で吹雪にさらされる木、芽吹きの季節を迎え薄緑色の葉を繁らせる木...と、ひたすら1本の木の〝時〟を写しただけのものです。しかしこの本は多くの人の心を捉え、サンケイ児童出版文化賞を受賞しています。
と、撮影時を振り返る、写真家・姉崎一馬さん。1本の木を撮り続けたことにより、今も「親近感というか、自分の身内的な感覚がありますね」と話されます。
じつは、この『はるにれ』には、兄弟本ともいえるもう一冊の写真絵本があります。『ふたごのき』(偕成社刊)と名付けられたその本は、やはり北海道の小さな丘に残った2本の大木の四季を淡々と撮影したもの。写真に添えられた谷川俊太郎氏の文章が写真の世界と相まって、木のいる世界に読者をぐっと誘います。
そして、姉崎さんは、この『ふたごのき』のあとがきに、「木たちの旅」と題した次のような一文を載せています。
木を見るとき、人は自らの人生に木の一生を重ねることがよくあります。擬人化し、そのためいつしか遥かな時を生きた祖父母のような思いを抱き、心が癒されることも少なくありません。また、人間の一生とは異なる長いスパンで環境の変化を見られるようになったり、受け身で耐えるその姿に、環境保全への行動を誘発されたりします。
姉崎氏は、そこにもう一歩「想像力を働かせて、1本の木の後ろに本来そこにあった森林を想像してもらいたい」といいます。
人間の都合で森林を伐採し、牧草地や畑に変えた過程で、目印や木陰の確保で残された木。それがいつしか大木となった。姉崎さんが伝えたいもうひとつの自然は、その失われた風景なのです。
Nature Game No.040 〈わたしの木〉
触る、聴く、匂いをかぐ...。目隠しをして一本の木と触れ合う。視覚以外の感覚をつかいその木を想像してみる。目隠しを取り、あらめてその木に会いに行った時、その木はただの「木」ではなく「特別な一本の木」に変わる。「木」をテーマとしたネイチャーゲームのなかでも、代表的な活動です。
子どものころから昆虫が好きで、中学になると珍しい昆虫がいる場所をあちこち歩いていたという姉崎さん。ところがある日、珍しいチョウが見られた谷戸を訪れたところ、宅地開発により湿地が失われ、それによりチョウも姿を消してしまった...という衝撃的な体験をします。
この経験により、姉崎さんは「環境保全活動に関わる仕事をしたい」という、その後の人生に関わる決意を固めます。
野山には多くの昆虫が存在し、いろいろな木や草の葉を食べています。しかしそれはどの葉でも〝あれば〟よいのではなく、昆虫により食べる葉は異なり、なかには一種類の植物しか食べない昆虫もいます。そのため、一種類の植物の減少や絶滅が、ある種の生きものの絶滅に通じることが、自然界にはよくあります。
この自然の多様性が、森林の多様性を、すなわちさまざまな異なる植物を育み、それらに支えられた生きものの多様性をつくってきたのだと、姉崎さんはいいます。
落ち葉が厚く積もり水を蓄えるブナの原生林(秋田県藤里町)
多様性のあるすばらしい日本の自然、それを求めて日本各地を歩く...。ところが、実際に森を訪れると、現在その多くはスギやヒノキなどの人工林が占め、単調で生きものが棲みにくい森林が続いている。それが40年前に姉崎さんが目にした日本の自然でした。
姉崎さんは、1990年に出版された『森の旅森の人』(世界文化社刊)のあとがきでこのように書いています。
じつは、本来姉崎さんが伝えたいことは、当初から変わらず、このような危機感です。けれど、それをストレートに訴えかけても、なかなか多くの人の心には届かない。それは以前、水俣や足尾銅山など、日本各地の環境問題を取り上げた2冊の本『自然は泣いている』『終わりなき戦い』(全国自然保護連合編集)の出版に携わった経験で、嫌というほど味わってきました。
一般の人にはほとんど売れず、刊行した出版社は倒産・・・という憂き目をみました。
多くの人の心にメッセージを届けるためには。何をしたらいいのか・・・。その答えのひとつが「1本の木の物語をつくったらいいのではないか」だったのです。
西の森の代表。今は貴重となった原生的な照葉樹林(宮城県綾町)
『はるにれ』を出版してから40年。その後日本の森林問題はどう変わったのでしょうか。山ガールやロハスなど、昨今の自然回帰のブームを姉崎さんはどう捉えられていらっしゃるのか、最後にお聞きしました。
自然に興味を持って見る人が少なくなると、自然の変化に鈍感な人が多くなります。変化に気づいても自分の問題として感じないので、声をあげたり行動を起こす人が減ってしまう...。
という姉崎さんご自身も、自宅を開放した自然学校を40年来実施しています。
姉崎さんの写真には、そのような生きものへのやさしい眼差しが溢れている...。だから、きっと見るものの心を癒し、木々の世界に多くの人を誘うのでしょう。
山菜も貴重な森の恵み。クサソテツ(コゴミ)
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.22 特集(デザイン:花平和子 編集:佐々木香織、山田久美子 表紙イラスト:矢原由布子)をウェブ用に再構成しました。
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