相原成行さん プロフィール
1967年生まれ。宇都宮大学農学部卒。
父親が有機農業に切り替えると同時にはじめた援農で、「消費者とのつながりがある農業」が育つのを目の当たりにする。人と人とがつながる活気のある農業に魅力を感じ、家業を継ぐ意志をかためる。日本有機農業研究会理事。神奈川有機農業研究会会長。
※本記事は情報誌「ネイチャーゲームの森 vol.72」(2010年12月15日発行)より転載しています。団体名称、役職者名等について発行時の表記となっている場合があります。
農業人口の減少、高齢化、後継者不足、それにともなう耕作放棄地の増加など、現在農作物の生産現場は、多くの問題を抱えています。
一方消費者側は、〝食の安全.に対する意識は高まっているものの、生産現場に足を運ぶ機会はほとんどなく、流通にのって店頭に並ぶ農作物を「商品」として手に取るばかりで、「食」本来が持つ「命をいただく」という実感が希薄になっています。
そのような現状を踏まえ、日本協会では、私たちの"命と健康を支える農業"への関心や理解を深めるため、『農業生産者と消費者をつなぐ体験プログラム』の開発と実践を開始しました。
遠く丹沢山系を眺める、神奈川県の藤沢市宮原。この日『農業生産者と消費者をつなぐ体験プログラム』開発事業の一環として実施された『田んぼでみつける いのちのつながり』のイベント会場となったのは、2世代にわたり有機農薬で農業を営む相原農場です。周辺の景色は、住宅と農地がせめぎ合う、都市部周辺で見かけるごく一般的な風景。過疎化が進む山間部でもなく、広大な農地が広がる自然豊かな農村地帯でもなく・・・。
その住宅が背後に迫る畑の一角で、子どもたちが歓声をあげながら行ったり来たり。手にはアマガエル、カマキリ、バッタ、テントウムシ・・・。プログラム開始の合図も聞き入れてもらえないほどに、生きものの捕獲に夢中です。そして本日のメインイベント「稲刈り」が始ってからも、「あっ、ザリガニだ」「カタツムリがいたぁ~」と、またまた生きもの観察が始まり、作業がなかなか進みません。
相原農場は、現農場主・相原成行さんのお父さんが1980年に有機農業に切り替えてからすでに40年。田んぼや畑の生態系がしっかりとできています。「田んぼはお米しかつくれないと思っていたけれど、本当は生きものまでつくるということがわかりました」(正道かずき君・小2)、「田んぼにいるアマガエルを久しぶりに見ました。無農薬の証拠ですね。本当にこういうやり方で農業をしている人がいるのを知り、感動しました」(桜井美子さん・家族4人で参加したお母さん)と、参加者の感想からも多様な生物を育む田畑への理解と驚きが伝わってきます。
この日、稲刈りや餅つきの農業体験と合わせて実施したネイチャーゲームは、生きものの関係を考える〈ネイチャーループ〉。参加者それぞれが手にした「生きものカード」を見ながら、つながりのあるカードを持った人と手をつないでいきます。この日のカードには、カエル、ダンゴムシ、バッタ、人間など〈ネイチャーループ〉の通常カードに加え、モズ、テントウムシ、トカゲなど、相原農場の田畑にいる生きもののカードが加えられていました。
最後にどのようなつながりがあるかを発表しあうと、そこには田んぼの周辺でたくさん見つけられたカエルやバッタが、多くの捕食者に狙われていることが分かり、田んぼの生態系が浮かび上がって見えました。振り返りでは、参加した子どものなかから「つながり」「関係」などの言葉に加えて「田んぼの力」という言葉も出て、子どもたちの感性の豊かさにスタッフ一同びっくり。企画の狙いはしっかりと伝わったようです。
農業体験を指導していただいた相原さんも
と、プログラムに大満足。
イベントを企画したかながわ自然塾たね育舎(神奈川県ネイチャーゲーム協会所属メンバーの有志により組織された集まり)スタッフも、イベント終了後には
「ゲームのなかの生きものと、実際の生きものがマッチングしていくのが目の当たりに見られた」「ネイチャーゲームは室内でもできますが、今日はネイチャーゲームがゲームじゃなくなっていった気がします。ネイチャーゲームの醍醐味を感じました」と少し興奮気味です。
生きものがあふれる体験フィールドとして、農薬を使用していない田んぼは"最高の場所"でした。
秋の収穫期、天気がよければ農作業に集中したいところを体験イベントに時間を割くのは、農家にとっては負担が大きく、イベントを受け入れるのは実は大変なことです。しかしなかには相原さんのように「都市型の生活を送る人にとっても、農業は自分の生活と別のところにあるものではなく、隣り合わせにあるものだと思うんです。消費者に農業体験を提供していくことは、農地を持っている人間の役割だと思っています」と考える農家の方もいます。
と。
稲刈り前の相原農場の田んぼは、ところどころに稲穂よりも背の高いキビが目に付きます。夏に草取りが間に合わなかった田んぼは、キビの勢いが強く、相原さんはちょっと苦笑い。でもこれが除草剤を撒いていない証拠です。稲刈りは、束ねた稲からキビを抜きながらの作業で、少々手間がかかります。でも・・・。
相原さんの田んぼを見ながら聞くその言葉は重く、"有機無農薬"という農業を選択した農家の方がたの思いの強さに改めて触れたような気がしました。
農薬を使わないということ。それは、草も虫も手でとり、常に生育状態に監視の目を光らせて病気の原因をとりのぞいていくという、大変な労力を農家の方に負わせていることだと消費者はもう少し知るべきなのではないのか。そしてちょっとしたアクシデントで虫が大発生したときにも、いかなる殺虫剤も使わないことで農作物がダメになっていくリスクを農家だけに負わせていていいのか。
今回のイベントは、自然の豊かさとおいしい食に触れた喜びとともに、「食」に対する自分の姿勢を問われ、多くのことを考えさせられたプログラムでもありました。
それが参加者への相原さんからのメッセージです。最後にこの日稲刈りが終わった田んぼを見ると「一人でやると大変なことも、みんなでやると楽しいなぁ」といった相原さんの声が、再び聞こえてきたような気がしました。
日本協会では2010年度日本財団の助成を受け、『農業における生産者と消費者をつなぐ体験プログラム』の開発を行い、現在相原農場の他全国29か所で試行プログラムを実施しています。この活動の結果を振り返り、今後もこの取り組みを続けていきますので、ぜひ近隣で協力いただける農家を見つけ、各地で活動を広げていってほしいと思います。
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