──そんな疑問からクマ研究の道へと進んだ後藤優介さん。野生のクマを追い、うんちをはじめ、あらゆる痕跡からその姿をひも解いてきました。
多くの発見がなされた一方で、いまだ謎がある奥深い相手。
「わからない」ことのおもしろさを自らの体・感覚を使って「わかった!」ときの感激。
後藤さんが語るクマへの情熱から、〝自分だけの好き〟を追求する楽しさが見えてきます。
ミュージアムパーク茨城県自然博物館 動物研究室 チーフ学芸員
後藤優介
専門は動物生態学。哺乳類、とくにツキノワグマの生態を大学時代から20年研究。GPS、小型ビデオカメラを活用し、さまざまな手法で野生のクマの生態を調査・研究している。日本テレビ系列番組「所さんの目がテン!」に、野生動物の専門家としても出演。博物館の第87 回企画展「うんち無しでは生きられない!─あなたの知らない自然のしくみ─」を担当。
ツキノワグマを追うテレビの取材現場に同行中、興奮してそう言葉を発したという後藤さん。何が巻いていたのかというと…、クマのうんち。
うんちというと、不要なもの・汚いもの・くさいもの、そんなイメージを持つ人が多いかもしれません。しかし後藤さんにとってうんちは、クマを知るヒントがつまった貴重な情報源の一つ。
多くのクマのうんちを見てきた後藤さんだからこそ、巻いていることの珍しさがわかるエピソードですが、おもしろくて興味深いうんちがまだまだあります。
うんちからクマの生き様が見えてくる!
どんなことをうんちは語ってくれるのか、後藤さんに伺いました。
クマのうんちはワインの香り?!
クマは何を食べているのか? を調べるときは、食べた痕やうんちから分析するのですが、うん ちのにおいでも食べたものがわかるときがある んですよ。
サルナシを食べたらフルーツっぽいにおい、ヤマザクラの実はワインのようなにおい、ミカン科の果実は柑橘系のにおい。肉を食べたあとは ……すごく、くさいです。
肉食動物に近い形の消化管をもつクマですが、多くは植物や果実・ドングリ・アリやハチの卵なども食べる雑食で、生息環境はもちろん、年ご との気象条件や植物の周期に合わせて、食べら れるものを食べる柔軟性があります。
しかし、クマの首輪に取り付けたGPS 首輪のデータを見ると、死んだ哺乳類を食べているときには、一箇所から何日も動かなくなるんです。クマは狩りは得意 ではありませんが、動物の死体など食 べられる肉があれば進んで食べます。
栄養価の高いものを食べるほうがいいと、クマもわかっているのかもしれませんね。
ちょっとずつ、ずれてみた!
季節や食べたものの量にもよりますが、クマは3 時間に1回くらいうんちをします。首輪に付いた「アクティビティセンサー」という装置で、1日の行動パターンを調べたところ、あるクマの例では、寝て いる時間帯に規則性が見られました。夜、寝るところは毎日変わりますが、一晩の間は移動せずに9時間近く寝ていました。
そこに行ってみると、寝ていたと思われるくぼみのすぐわきにうんちが3 個。しかも、同じ場所ではなく、少しずらしてあるんです。うんちをするときは、“よいしょ”と起き上がって、場所を変えてうんちをして、また寝ているんですかね。
人気者にはワケがある
夏になるとクマはヤマザクラの実も食べます。植物からすると、クマが食べてうんちをすれば、遠くにタネをまいてもらえるチャンス。
しかし、うんちが落ちた場所で必ずしも発芽するわけではありません。そのタネをアカネズミがねらってやってくる。うんちの中には1, 000 個近いタネが含まれています。木から落ちて散らばったタネを食べるより、効率よくたくさん食べられるわけです。
では、アカネズミにすべて食べられてしまうのかというと、そうではありません。センチコガネなどの糞虫がやってきて、うんちを自分で食べたり、卵を産むためにちぎって地面に埋めるんです。埋められたうんちに入っ ていたタネの一部は、アカネズミに食べられることなく芽を出す……。
クマのうんちはほかの動植物の循環・繁殖にも役立っているのです。
冬ごもり中は、うんちもこもる?
クマは冬になると木や地面にある穴で冬眠します。その間、飲まず食わずで、うんちもしないといわれています。体温が少し下がるだけで仮死状態にはならず、刺激を与えると起きることもあり、冬眠ではなく「冬ごもり」と表現することもあります。
冬眠中のクマの肛門には栓のようなものができるといわれているのですが、どうしてそんなことができ るのか? 便秘のような状態なのか? 野生のクマの冬眠は直接観察できないので、謎が多いです。クマに聞いてみないとわからないことが、まだまだあります。
私の落とし主を探してね
あるオスのクマの首輪につけた小型ビデオカメラの映像の中に、ほかのクマのうんちを嗅ぐ様子が見られました。理由の一つは、メスを探すためと考えられます。うんちに添加されたにおいから、うんちをした個体の性別や発育、発情の状態を嗅ぎ分け、自分に合った相手を探しているのかもしれません。
クマのうんちは、クマ同士それぞれの存在を知る手がかりとしての役割もあるのではないでしょうか。
洗いざらいお話しましょう!
クマのうんちの分析の際は、5 ㎜・2 ㎜・1㎜未満と、網目の異なる3 種類のザルを重ねて、うんちを洗い流します。
そして残ったものが何かを調べて、どれくらいの割合で含まれていたかを算出します。ドングリしか食べていなければ、すぐに分析が終わりますが、何種類も食べていたり、知らないタネなどがあれば調べる必要もあり、時間と労力がかかります。
うんちの中から次の発見につながるヒントがあるかもしれないと思うと、小さなかけらも見逃せません。
うんちコレクション
研究を始めた当初は、一日中、自分の足でひたすら山を歩き、やっと2 ~ 3 個のうんちが見つかるかどうかでしたが、GPS 付きの首輪が使えるようになると、クマの位置がわかり、効率よく探せるようになりました。
一番多いときには44 個のうんちを見つけて、すべて持ち帰ったことがあります。うんち1個が300 ~ 500gくらい。40 個集めると20 ㎏近くになります。それを20ℓのザックに背負って帰ってくるので、重くて重くて(笑)。でも、見つけたものは全部調べたいというプライドもあったし、なにより、うんちからたくさんの情報が得られるため、ものすごい喜びがありました。
野生のクマと後藤さんとの初めての出会いは大学3年生のとき。
霧がかかった奥多摩の山の中で、少し休もうとしゃがんでいたとき、何かの音がして顔を上げたら… 20メートルくらい先に大きなツキノワグマが!
クマは後藤さんが顔を上げた動きで気づいたようです。
しばらくするとクマは悠々と山を上がって尾根の向こう側に消えていきました。追いかけずにいられなかった後藤さん(*)が、そーっと尾根から覗くと、なんともう姿かたちもない。絶対まだ近くにいるはずなのに。
クマは直接見ることが非常に難しく、追いかけようにも、こちらのにおいでかなり早くに気づかれてしまう。これが、ほかの動物に比べて研究が進まなかった理由の一つだとか。
でも、その遠回りがいい経験に。
クマは自然環境の豊かさを表す動物とも言われていますが、後藤さんによると、そうとは限らない例もあるとのこと。
起きている間ずっと食べものを探して歩き回り、柔軟に生きるクマは、実は誰よりも自然のことをよく知っているのかもしれません。
*後藤さんは対策をとり安全に留意した上で山に入っています。クマに出会った場合は、相手を驚かせないように気をつけながら、その場を立ち去ることが原則です。
近年は人里にクマが現れ、問題になることがあります。そのため〝クマ=危険〟というイメージも。
イメージで決めつけず、正しく知る。うんちも同じでは? 企画展のテーマをうんちにした意図を伺うと、
学生時代、ネイチャーゲームに触れた経験のある後藤さんは、さまざまな視点で自然を感じ、わかちあうネイチャーゲームは、自分だけでは気がつけない〝好き・おもしろい〟を発見するきっかけになるのではと言います。そして、
とも。
そしてこうも付け加えます。
クマがいたであろう場所に足を運び、その場を見て・感じて・思いを馳せる。そうしてやっと少しクマに近づけるのかもしれません。
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.39 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:藤田航平・豊国光菜子、校條真(風讃社))をウェブ用に再構成しました。
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