放送をきっかけに牧野博士を知ったという人も多いでしょう。
博士ゆかりの植物をはじめ3000種類以上が植栽された高知県立牧野植物園で、〝通りすがり〟の来園者に、ネイチャーゲームを体験してもらう活動を続けている仲間がいます。
そのとき偶然出会った人と人、人と自然。はじめましてとは思えない笑みが、そこかしこにあふれていました。
牧野植物園の正門を入ると、高知県の山地から海岸をたどるように自然を再現した、土佐の植物生態園が出迎えてくれます。緑のトンネルのようなお遍路さんの脇道の横を通り、植物に触ったりちぎったりできる「ふむふむ広場」を過ぎた先に牧野博士の生涯と功績を伝える展示館があり、その通路の柱に、シェアリングネイチャーののぼりが!ここが、まきのシェアリングネイチャーの会が主催する『通りすがりにネイチャーゲーム』の集合場所です。開始時間を前に、それまでしとしと降っていた雨がやんで、色濃くみずみずしい緑に覆われました。
中庭に博士ゆかりの植物が約250種類
朝ドラで紹介された植物も
会の運営委員長の森本理恵さんは
進行役で会の事務局長、〝ひげじい〟こと和田弘之さんをはじめ、集まった指導員は7名。リーダー資格をとったばかりで初参加という指導員もいます。通路を挟んで二手に分かれ、〈カモフラージュ〉と〈フィールドビンゴ〉を実施。〈フィールドビンゴ〉を行う場所は、牧野博士が名づけ親となった植物や植物図を描いた植物など、博士ゆかりの植物が生い茂る中庭です。
会のメンバーで活動の流れを確認したあと、さて、そろそろ始めましょうか! と動き出したそばから、〈カモフラージュ〉のコースを不思議そうに覗く来園者の男性がいます。すかさず、
と呼び込みます。開園から1時間過ぎた午前10時、『通りすがりにネイチャーゲーム』のスタートです。
1人で散策していた男性、中年の女性グループ、中年夫婦、若い男女のグループ。平日ということもあって園内はのんびりとしていましたが、声をかけられたほとんどの人がアクティビティの場所へ移動します。〈カモフラージュ〉は常時2人、〈フィールドビンゴ〉は来園者1~2組に1人の指導員がほどよい距離感で見守り、ときにサポートします。
見渡すと植物を指さして喜んだり、葉っぱを覗き込んで笑ったり、自然の中で思い思いにネイチャーゲームを楽しむ姿が。どんなおもしろさがあるのかしら……私も〈カモフラージュ〉をやってみることにしました。
〈カモフラージュ〉のスタートからゴールまでは20mほど。ロープで仕切られた奥の自然の中から人工物を見つけ、その数をゴールで待つ指導員に報告します。
▼見つけたとき声を出したり、指をさしたりせず、ほかの人にわからないようにする
▼見つけても人に教えない
▼一度通り過ぎたら戻ることはできない
こうしたルールのレクチャーを受けたらスタート!
〝惑わされないぞ~〟と一歩一歩慎重に進んで、まず発見したのはエンジ色のえんぴつ。緑の中にあっては目立つ色なのですぐにわかります。
この調子なら探せるな……と思ったら大間違い。次に発見したものが自然のものなのか、人工物なのか悩まされます。それは、緑色のクリのイガとそれに寄り添うカタツムリの殻。殻は不自然な透明感で人工物とわかりましたが、雨に濡れてテカテカつやのある緑のイガが、自然のものかどうかわからない……。
しかも茶色いイガがあちこちにあるのに、これだけ緑!!?でも、人工物2つ並べるかな?引っかけかな……。むむむ……としばらく緑のイガとにらめっこして、私は人工物に数えました。そのあとは、ゴム製のボールや造花などを順調に発見。しかし、じっくり見ていると先ほど人工物に数えた緑のイガがちらほら。これは人工物じゃないんだ!
そうわかってから混乱してしまい、結局、答え合わせをしてみると、枝に同化して見えるようにくくられた麻ひもやアスファルトの色に溶け込んだアリのおもちゃを見逃していました。
これほど時間をかけ、まじまじと自然の色と質感を観察したことはなかったなと、新鮮な驚きを感じたと同時に、その日の、その場の、自然に溶け込ませる人工物のチョイス、置き方、自然との違いに気づかせる工夫に、うなってしまいました。
初めて牧野植物園を訪れたという大学時代の同級生4人組は〈カモフラージュ〉を体験。ネイチャーゲームも初めて知ったそうです。スタートラインを越えると、前かがみになったり、しゃがんだりしながら一人ひとり、それぞれのペースで進んでいきます。なかなか進まない仲間の様子が気になった1人が発したヒントになりそうな声が聞こえると
という指導員の声にちょっとした笑いも。答え合わせをしてゲームを終えると、4人集まって「むずかしかったね~」などと会話がはずみます。体験後、感想を聞くと、
との答え。ネイチャーゲームとの出会いで、アクティビティそのもののおもしろさを感じ、それぞれ発見や視点の変化があったようです。
兵庫から、高知に住む祖母に会いに来たというご夫婦は、観光で初めて牧野植物園を訪れ、何かおもしろそうなことをしているな、と参加することにしたそうです。ビンゴカードを手に、お題として書かれた自然の中にあるものを探しに中庭へ。葉の裏側や木の幹も、じ~っと見てまわります。
無邪気に発見を喜ぶ2人。さりげなく後ろについていた指導員も
と一緒に喜んだり、ときに驚いたり。中庭の歩道をくまなく歩き、満足そうな表情でアクティビティを終えたところで、感想を聞いてみると
そう言って、『きのみ』『ぬけがら』に三重丸がついたビンゴカードを見せてくれました。
機会があったらまたやりたいよね、と夫と顔を見合わせます。
「向こうで別のゲームもどうですか?」という指導員の誘いにも、おもしろそうと、向かっていきました。終了までの1時間はあっという間です。終了時間を過ぎて最後に〈フィールドビンゴ〉を終えた人は、カードのすべてに丸をつけていました。今日この日、『通りすがりにネイチャーゲーム』を楽しんだ人はのべ65人。通常、休日の参加者は30人ほどだといいますから、2倍以上の大入りです!
ふりかえりの場は指導員みなさんの笑顔がこぼれ、充実感でいっぱいでした。
もともと「県民に、もっと牧野植物園へ足を運んでもらい、自然に触れてほしい。そのためにネイチャーゲームをやってほしい」という高知県の要請を受け、まきのシェアリングネイチャーの会は発足しました。
と、牧野植物園広報の橋本 渉さん。ご自身も今回、初めてネイチャーゲームを体験し、自然の見方が変わった1人です。
会で主催しているのは、年2回の親子向けネイチャーゲームと、この〝通りすがりに〟。
と和田さん。
さらに、森本さんはこう続けます。
和田さんは、〝通りすがりに〟が来園者の自然への気づきを促すだけでなく、指導員にとってもネイチャーゲームの根本、醍醐味の気づきになると言います。
そう、森本さんもうなずきます。
牧野博士は、全国各地で老若男女問わず、植物の不思議さ、おもしろさを説いてまわったといいます。展示室には、うれしそうな牧野博士を多くの人が囲む様子を写したパネルがありました。形は違えど、自然を心から楽しみ、笑顔があふれる集いが〝通りすがりに〟にもありました。
と和田さん。植物の知識や学びより先に、自然を楽しんでほしいという、牧野博士を含む地元のみなさんの共通する思いも感じました。
多様な植物が見られる牧野植物園で、ネイチャーゲームをして、深く自然を見よう、感じようと意識が変わるぜいたくな体験。そして、その場に居合わせた人みんなが楽しんでいる、幸せな時間。
この先も〝通りすがり〟の出会いで、同じような気持ちになる人が増えていくといいな、と思わずにはいられませんでした。
※情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.43 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:藤田航平・豊国光菜子・去田ゆかり、校條真(風讃社))をウェブ用に再構成しました。
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