村山哲哉 むらやま てつや
(文部科学省初等中等教育局教育課程課教科調査官・国立教育政策研究所教育課程研究センター研究開発部教育課程調査官・学力調査官)
都内の公立小学校の教諭、副校長、墨田区教育委員会統括指導主事等を経て、2009年より現職。著書『実感を伴った理解を図る理科学習(全4巻)』(東洋館出版社)他多数。日本ネイチャーゲーム協会体験型環境教育研究会。
日置光久 ひおきみつひさ
(文部科学省初等中等教育局視学官)
広島大学大学院修了後、広島女子大学助教授、文部省初等中等教育局小学校課教科調査官等を経て、2008年より現職。著書『「理科」で何を教えるか.これからの理科教育論』(東洋館出版社)他多数。日本ネイチャーゲーム協会指導者養成委員、体験型環境教育研究会。
※本記事は情報誌「ネイチャーゲームの森 vol.76」(2011年12月15日発行)より転載しています。団体名称、役職者名等について発行時の表記となっている場合があります。
文部科学省が10年ぶりに改訂した『学習指導要領』が、2011年4月から全国の小学校で全面実施になりました。そこでは、言語活動の重視とともに〝体験活動の充実”が示されています。学力向上が求められるなか、体験活動はどのような意味を持つのか。そして、小学校教育のなかで今後ネイチャーゲームはどのような役割を担っていくことができるのか。
文部科学省初等中等教育局視学官・日置光久氏、そして自然体験活動や環境教育とも関連が深い理科の教育普及を担当する同教科調査官・村山哲哉氏にお話をうかがい、小学校で求められている教育の最前線を探ってみました。
■学習指導要領とは・・・
全国どこの学校で教育を受けても、一定の教育水準を確保するために、各教科等の目標や内容などを文部科学省が定めているもので、教科書や学校での指導内容のもとになるもの。
ほぼ10年ごとに改訂され、今回は平成20年3月に告示、小学校ではこの平成23年4月より全面実施されている。(文部科学省発行資料「生きる力」より一部引用)
今年度小学校で全面実施となった『新学習指導要領』は、「総合的な学習の時間」の大幅削減、教科の時間数増・・・と、一見「詰め込み教育」に戻ったかのように見え、自然体験活動や環境教育にとっては逆風のように見えます。しかし、この度の改訂は「ネイチャーゲームにとっては追い風です」と断言するのは、文部科学省で学習指導要領の編へん纂さんと普及にあたっている日置光久氏と村山哲哉氏。
それは、自然体験や環境教育が、それぞれの教科のなかでも重視されているからだといいます。
では、具体的に学習指導要領の改訂ポイントはどのような点にあるのか、うかがってみました。
* * *
-- 村山さんは、現在理科の学習指導要領の普及に全国の小学校を回っているとお聞きしましたが、このたびの主な改訂ポイントを教えていただけますか。
村山
学力低下が問題になっていたこともあり、いくつかの教科の時間数が増えました。とくに理科と算数に力が入れられ、新たな学習内容も入りました。
-- 新たに加わった内容とは具体的にはどのようなものなのでしょうか?
村山
自然体験や環境教育に関連のあるものとしては、たとえば3年生の「身近な自然の観察」「風やゴムの働き」などがあります。「風やゴムの働き」は、つまり自然エネルギーの学習ですね。
そして、加えられた1つ1つの内容だけでなく全体を通して"体験の充実"をうたっていることが大きなポイントです。新学習指導要領では「理科の目標」を以下のように定めています。「自然に親しみ、見通しをもって観察、実験などを行い、問題解決の能力と自然を愛する心情を育てるとともに、自然の事物・現象についての実感を伴った理解を図り、科学的な見方や考え方を養う。」今回ここに新たに入れられたのが「実感を伴なった理解」という言葉です。では「実感をともなった理解」とはどのようなことなのか。ポイントは3つです。「習得」と「活用」、そして「体験」。
理科における「学び」では、他者の経験や知識をなぞるのではなく、まず自分が体験し、実感することが重要です。理科の学習の多くは、自然の事物・現象を観察したり実験したりすることが中心になります。そうすることにより脳の理解もちろんですが、その前にまず身体で理解していきます。
-- 観察や実験というのはこれまでの学習でも広く実施されていたことだと思うのですが・・・。
村山
たしかにそうです。ただし、体験の質が問題なのです。たとえば「身近な自然の観察」ですが、自然のなかで観察を行うと、たいてい子どもたちは見つけたものの名前を知りたがります。でも、名前を知ってしまうと、そこで学習が終わってしまう場合があります。人間の認識とはもともとそのようにできているのです。したがって、名称を知ることから入るのではなく、形や色など、そのものに触れながら全身の感覚を使ってまず観察することが大切です。
ネイチャーゲームをすると、いつの間にか大地に寝転がり、体験したことを話し合う子どもの姿が見られます。
日置
「教育」というと、何かを教えなければならないと思っている方がいます。しかし「体験による学び」は本来子どもたちが自ら学ぶものです。教師や指導者は子どもが学ぶ助けをする役割を担います。
そしてこの"学び"は、単に体験させればよいというものではありません。ではどうすればできるのか・・・。まず考えて欲しいのは、「子どものためになる体験とは何か」ということです。
良質な体験をつくるポイントのひとつが、今回の改訂で「体験」と共に重視されている「言葉」です。
子どもたちは何かを体験すると、喜んだり驚いたりします。それを見て指導者は「体験できた」と満足しがちですが、実はその"表現"が表出するまでの過程を引き出すことこそが重要なのです。
"表現"が表出するまでには、子どもたち個々の心や頭のなかで「考えたり、思ったり、感動したり」という外には現れない動きがあります。これこそがその後も消えずに残るものであり、これらを大切にしてこそ、"表現"が意味あるものになるのです。
--その見えない動きを言葉として引き出し、子ども自身に認識させる、学びとして定着させるのが教師や指導者の役割ということでしょうか?
日置
「体験」と似た言葉に「経験」があります。この「経験」とは、実は「ここにない体験」のこと、「過去の体験の記憶」です。そして「経験」こそが「体験による学び=知識・技能」になるのです。この「体験」を経験化することが重要です。いくら多くの体験をしても記憶に残らない体験は、学びにはなりません。
-- 「体験」を通して感動や気づきを与え、そこで起こった心や頭の動きを「言葉」を使って整理することにより結晶化させる。ネイチャーゲームのシェアリングの過程に似ているように思います。
日置
そうですね。「体験を経験化する」ということは、そう簡単なことではありません。その点、ネイチャーゲームはよくできているプログラムだと思います。ただし、マニュアル通りにやれば経験化できるわけではない。個々のアクティビティが伝えたい"本質"を抜かしてしまうと、学びではなく単なる「楽しい遊び」になってしまいますからね。
村山
今の子どもたちは体験する機会が極端に少ない。放っておくと、テレビを見てゲームをして、体を動かしません。ほとんど外では遊ばなくなってしまいました。不審者への心配や、最近の放射線問題などが、さらに拍車をかけています。
「便利な生活」というのは、体や頭を使うこと、そこから生まれる気づきを奪ってしまいます。
たとえば、急速に普及したものにナビゲーションのソフトがあります。はじめての場所でも迷わず行けるとても便利なツールです。その一方で、もしナビを使って目的地に着けなかったら、人はどうするでしょう。きっと多くの人がナビを制作・販売している会社に苦情をいうでしょう。その商品を選んだ自分の責任を考えもせず・・・。そういう時代なのです。
でも、昔、地図を見て目的地を探したときには、たどり着けなかったからといって地図を作った会社に文句をいう人はいなかったはずです。目的地に着かなったことは自分の責任でした。
ところが今は、自分の責任ではなく、自分以外のところに責任があると多くの人が思っています。失敗してもそれが「体験」にならない。だから「判断力」が育たない。その結果、つねに情報に左右されて同じ失敗をくり返しています。このようなことでは、自分の命や生活は守れません。
-- 同じ場所にたどり着いても、地図を見て自分で探して行ったのと、ナビゲーションを頼りに行ったのでは、「体験の質」が違うということですね。
村山
よく人の成長には「成功体験」が大切だといわれます。けれど「失敗体験」もまた、知識や技能を高めるには大切なのです。しかし、今の子どもたちは周りの大人が意図的に体験をつくっていかないと、"失敗すらできない社会"に生きています。
「体験」とは、つねに"自分事"。他人の体験をいくら映像や雑誌で見ても「経験」にはならないのです。
日置
体験を経験化することが大切だといいましたが、新学習指導要領ではさらにその「経験」を「体験」につなぐことをうたっています。つまり経験として蓄積されたことを、その子の生活のなかに落とす。日常生活とは、いわば「体験」のかたまりですからね。そして「経験」は、知識として持っているだけではなく、「活用」してこそ生きるのです。
最近急速に増えているものに「バーチャルリアル」があります。3D映像などの仮想現実や拡張現実の世界です。学習にはこれらを上手に使うことは有効ですが、バーチャルリアルが生きるためには、直接体験が基盤(土台)としてなければなりません。バーチャルリアルはさまざまな直接体験の上にあってこそ、リアルに体験できるのです。つまり、バーチャルリアルは直接体験の代わりには決してならない。「直接体験」と「バーチャルリアル」は横並びにあるのではないのです。直接体験というベースの上にバーチャルリアルがある。そしてその上に、頂点にあるのが「記号」です。
-- バーチャルリアルは「経験」の増幅体験であり、「記号」とは「経験」のある人の共通言語ということですね。「経験」のないところ、すなわち「体験」のないところには「バーチャルリアル」も「記号」も十分機能しない。
日置
しかし、最近はバーチャルリアルだけが増大して、ベースが揺らいでいます。子どもたちはゲームなどバーチャルリアルの世界にひたっています。バーチャルリアルの世界の刺激はとても大きく、それに比べて直接体験の刺激はソフトですからね。
-- 放っておけば子どもは刺激の強いほうにひかれてしまう。それをソフトでも深みや広がりのある、リアルな自然の面白さに気づかせ、その子のベースを広げてあげること。それが教師や指導者の役割なのでしょうね。
村山
子どもは「生きものを見ておいで」といわれても、最初は何を、どこを見ればいいのかがわからないのです。ですから「この植物を観察しなさい」というだけではダメなのです。
一方で、先生にも自然の見せ方がわからない人がたくさんいます。そういう先生方に、たとえば「今回の改訂で6年生に組み込まれた『食物連鎖』を身近な自然で体験させるには、このようなアクティビティがあります」と提案するといいのではないでしょうか。ネイチャーゲームのアクティビティは、自然と関わりのある授業の導入やまとめとしてとても有効だと思います。
日置
教員は、「学力に結びついていかないことは授業ではやりにくい」というのが現実です。しかし、「体験」のベースが広がれば、「経験=知識や技能」が増え、三角形の頂点である記号の理解も増えるはずです。つまり学力も向上するはずなのです。それをしっかり理論として説明できるといいですね。
-- 他に、教員でないネイチャーゲームリーダーがこれから学校に入っていく場合、理解しておいたほうがよいことはありますか?
村山
子どもを知る努力をする。「学校」という特殊な場所の事情を理解する。目的をしぼり、いろんなことをしようとしない、この3つです。
日置
ゲストティーチャーとして学校に入るときには、少なくも「何のためにネイチャーゲームをするのか」ということを担当の先生に確認してください。先生は指導案の中で、必ず活動を位置づけているはずです。その目的を共有してほしいですね。
そして、アクティビティはあくまでもコミュニケーションツールだということを忘れず、子どもと自然をつないでください。
-- ありがとうございました。教員であるなしに関わらず、今回の改訂を指導方法を見直すきっかけにし、子どもたちの能力を育んでいきたいと思います。
写 真/日本協会
撮影協力/神奈川県相模原市立二本松小学校
構 成/編集部
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