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ライフスタイル
特集:ドングリの思うツボ(SNL 40号/2023年10月号)
見つけて、拾って、集めて…それだけでも楽しい、ドングリ。
さらにもっとおもしろくする秘訣は「ドングリメガネ」
心に好奇心のメガネをかけて、一つひとつの違いに気づき、そのすべてを楽しむ〝見方〟のこと。
そんな「ドングリメガネ」をおすすめするゲッチョ先生こと盛口満さん。
とことんドングリを探究する先生からドングリの魅力をお聞きしました。
ドングリを拾うのは人の本能!?

沖縄大学 人文学部こども文化学科教授

イラストレーター•エッセイスト

盛口

千葉大学理学部生物学科卒業後、自由の森学園中・高等学校の理科教諭として15年間勤務。2000年、同校を退職し沖縄へ移住。NPO法人珊瑚舎スコーレの活動に関わったのち、沖縄大学人文学部の教員となり、副学長、学長を歴任。「ゲッチョ先生」の愛称で知られ、現在も大学で教鞭をとるかたわら、さまざまな生物についての絵本・エッセイ・学術書の著述を行っている



おなじみの細長い形に、コロンと丸い形、小さいもの、大きいもの、穴のあるもの、殻斗(かくと)※1がついているもの、海外で拾ったもの……ゲッチョ先生の絵本『ぼくのドングリ図鑑』※2には、驚くほどたくさんのドングリが細やかに描かれていて、まったく同じドングリは一つとしてないことがわかります。ページをめくるたび、ズラリと並ぶ多種多様なドングリにワクワクして、すぐにでも拾いに行きたくなるから不思議です。

この図鑑を創るにあたり、ドングリの絵本図鑑がすでに多く出版されている中で、ほかと違う視点で何を描くかを考えたゲッチョ先生は、〝なぜドングリを拾いたくなるのか〟と振り返ってみたそうです。

それは、〝ドングリメガネ〟をかけたときにこそ味わえる、おもしろさがあるから。ドングリを観察していると、その一つひとつが全部違っていることに気づいて、もう楽しくて!その楽しさ、おもしろさを、この本で伝えたいよね、と描き始めました。夢に、いろんなドングリが出てくるくらい描きましたね(笑)


ドングリはマテバシイの種類が多い東南アジアとコナラの種類が多いアメリカ、この2つが大きな拠点。一方で日本は、ドングリの種類が少ない……。それはドングリが動くのが下手で、海を渡っての行き来ができないからであり、沖縄はさらに少ないそうです。

そのため、拾いたくなるのは「ドングリの戦略」なのではないかとゲッチョ先生は言います。

100%正しいわけではないけれど……、と前置きして続けます。

ドングリは動物の貯食行動によってばらまいてもらうことで、広く繁殖できるんです。だから、動物に拾われたくなるように進化してきたと考えられます



ドングリがコロコロと丸いのは発芽のための栄養を蓄えているというだけでなく、動物へのアピールかもしれないとのこと。ドングリを見つけると、思わず立ち止まり手に取ってしまうのは、ドングリのフォルム(姿・形)に動物としての本能を刺激され、まんまと〝はめられている〟からなのかもしれません。

小さい子どもが、ドングリを見つけると、どんどん拾うのは、子どもにはドングリからのアピールが届きやすいからじゃないですかね



そう話すゲッチョ先生もまた、ドングリの戦略にはまった一人。ドングリの謎を突き詰めるうちに、だれよりもはまってしまった「ゲッチョ先生流ドングリの遊び方」を教えていただきました。

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※1:ドングリの帽子、はかまと言われる部分

※2:『ひろった・あつめたぼくのドングリ図鑑』盛口 満/文・絵 岩崎書店 2010

集めて、集めて、調べて、集める

子どもの頃から収集家だったゲッチョ先生。出身地の千葉県館山で、マテバシイのドングリを箱いっぱいに集めて、触って、ガシャガシャ鳴らして「たまった!宝箱だ~!」と楽しんでいたそうです。その収集への情熱は変わることなく、今ではコレクションもバラエティ豊か。日本で一番大きいオキナワウラジロガシ、極小のアラカシ、そしてボルネオの巨大ドングリ……

さらに「初めて見たときは、なにか分からなくて」と取り出したのは沖縄の海岸に漂着したという木の実。

正体を知りたくて、台湾の図鑑を買ったり、台湾の博物館に勤めている人から台湾のドングリを送ってもらったりしてね……ほとんど殻斗に覆われたドングリだとわかったんです



ドングリの戦略にはまって、世界中のドングリを集めているゲッチョ先生。大切な宝ものをうれしそうに見せてくれる少年のような姿が印象的でした。

ドングリでなめす!?

次にゲッチョ先生が取り出したのは茶色く干からびた皮のようなものと、木の枝を使った自家製パチンコ。ドングリとどんな関係が?「ドングリで皮なめしができる……、はずなんですよ」とのこと。つまりこうです。

● ドングリには苦み・渋み成分であるタンニンが含まれている

● タンニンでタンパク質は収斂する

● 皮に含まれるコラーゲン(タンパク質)を硬くし腐りにくくする

● もんで、ほぐして、柔らかくして 使えるようになる、はず!

そこで、試しに豚の三枚肉※3の皮をはがして、ドングリを煮出した液に漬け込んでみたそうです。

皮が意外と丈夫なので、パチンコに使ってオナモミの実を飛ばせる。手が痛くないし、結構いいんですよ。オナモミから動物散布の話にもつなげられます。ただ、沖縄にはオナモミがないんですけど……



さらにサケの皮ならどの家庭でも手に入れてできそうだし、パッチワークで名刺入れを作ってもよさそう……と、思いついたら試してみるゲッチョ先生の話は、さらに続きます。



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3:沖縄では皮付きの豚バラ肉をさします

黒々とした液体!?

ゲッチョ先生が立ち上がり、研究室の冷蔵庫から持ってきたのは黒い液体!そして、筆にその液体をつけ、おもむろに文字を書き始めます。

これはドングリのタンニンを染料にしたインクです。オキナワウラジロガシのドングリからのものとクヌギの殻斗からのものの2種類あります。クヌギの殻斗のほうが、渋みが強いので少し色が違います。ペンにつけてもいいんですけど、墨汁代わりにして書き初めもできますよ!



実は万年筆のブルーブラックインクは、没食子※4という虫こぶが材料。没食子にはタンニンが多く含まれ、鉄イオンと結合させることによって黒い染料になるのだとか。ゲッチョ先生は、昔から用いられているこの没食子インクに着目し、ドングリインクを自作。昔の人々が、自然の恵みを暮らしに生かした知恵を再現して楽しんでいます。

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※4ドングリの仲間の木にできる虫こぶの一種

とりあえず食べる
ある程度の量が手に入るドングリは、大体食べてみました



と言うゲッチョ先生は、授業で何度も学生たちとドングリ料理を作っています。

炒ったり、ゆでたりして食べられるのは、渋みの少ないシイのドングリくらい。オキナワウラジロガシはかなり渋みが強くて、下準備の手間がかかるので、沖縄では早々に食べられなくなったようです



渋み成分のタンニンを抜くには、約1週間かかるのだとか。確かに面倒くさそうですが、どんな料理ができ、どんな味か気になります。

クッキーがポピュラーですけど、ふきんで絞ってドングリのでんぷんを取り出すと、わらびもちみたいな食べ物も作れるんです。韓国料理のトトリムッがそれです。ドングリのでんぷんともち粉を混ぜてドングリ入りのムーチー※5も作りましたよ



ドングリ料理を楽しみながら、ドングリの違いや、先人たちの苦労まで思いをはせる、素敵な授業風景が思い浮かびます。

5:沖縄の郷土料理

どうやってだまくらかして 〝自然はおもしろいと勘違い〟 させるか

ゲッチョ先生がこれほどまでにドングリを多角的に追究するのは、学生に自然のおもしろさに気づいてもらうための、〝教師としての戦略〟です。

たとえば、植物だったら『この花きれい、だからなに?』くらいの興味しかない学生もいるわけです。それに僕が授業で、自分だけが好きな虫の話をしても『へ~、でもそれ単なるおまえの趣味じゃん』で終わってしまうと思うんですよ。ただ、自然に興味がないこうした学生でも、あるとき何か引っかかるときがあって、そこから派生して、〝おもしろい〟と新たに気づいて世界が広がることもある。なんとかこちらに向かせるには、どうしたらいいのかなと考えるわけです。『食わせたらなんとかなるかも?』『でも、ただ食わせるだけじゃつまらないから、少し毒があるもので、毒を抜いて食わせたらどうだろう?』『食えると思ってないものを食わせるのもおもしろいかも?』なんて。ドングリは多くの人が目にしたことのある身近な自然なので、いい題材なんですよね。それで、授業でドングリを食べてみることにしたわけです。最初は食べ方がわからなかったので、そのまま煮て『苦ぇ~、ダメだ』なんていうのを繰り返したりして……。いかに学生たちをだまくらかして、〝自然はおもしろいと勘違い〟させるか、でしょうね
違いに触れることで 可能性が広がる

学生が、自然に興味を持つきっかけとなるものにいつもアンテナを張っている先生ですが、その発端は、「河童の絵は想像で描けるけど、アリの絵は描けない」など、自然に興味がない学生たちの言葉や素朴な疑問です。

虫が嫌いな学生に、なぜ嫌いかを尋ねると、『アリはアリでいいじゃん』と嫌うポイントどころか、アリについてよくわかっていない。そのことに自分で気がついたりするんですよ。いろんな視点があって、そこから調べていくと、自分ではわかっていたつもりのことが全然違うこともある。多様な視点、違った視点に触れると、自分が変わる可能性があるんです



先生の授業によって、自然への扉が開ける学生がいるように、先生自身も学生の視点から新たな発見があり、世界が広がると言います。

学生たちの〝?〟をおもしろがって、ていねいにすくい上げ、調べたり、探したり、食べたり、悪戦苦闘したりする。そのすべてをゲッチョ先生はとことん楽しんでいるように感じます。そのいきさつをまとめた著書や、おもしろいと感じた自然を探求して書かれた著書が多くの人を魅了するのは、そうした探究への熱量からでしょう。ゲッチョ先生のドングリとのかかわりから、自然の奥深さ、そして、人との対話によって、学びが無限に広がっていくことがわかります。

丸くコロンとしたドングリ、つやつやと光るドングリ、地面いっぱいに転がって待っているドングリたちを探しに行きたくなってきましたか?それは、ドングリの「拾われるための戦略」、そしてゲッチョ先生の「〝自然はおもしろいと勘違い〟させるための戦略」、どちらの思惑にも、まんまとはまったということなのかもしれませんね。


情報誌「シェアリングネイチャーライフ」Vol.40 特集(取材・文:茂木奈穂子 編集:藤田航平・豊国光菜子、校條真(風讃社))をウェブ用に再構成しました。
※冊子版の送付が可能です。「ネイチャーゲーム普及ツールの取り寄せ」をご覧いただき、お気軽にお知らせください。
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